みーぽんBLOG from カリフォルニア
カリフォルニアから時事、政治、環境、日米比較などランダムに綴ります
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野菜ジュース生活 ご報告(第一回)
ツイッター上でジューサーを購入したこと、野菜ジュースを毎日飲み始めたことを書いてきました。
毎日ジュースを飲み始めてちょうど4週間になったので、途中経過をまとめてみようと思います。

[ご注意:あくまで筆者の主観的経験に基づくものなので、読者が野菜ジュースを食生活に取り入られた際の結果に対する責任は一切負いかねます。よろしくご理解ください。]

日本にいた頃から「充実野菜」は大好きで、米国に越してからは、自然食スーパーの店頭で作ってもらえる野菜ジュースは時々愛飲していました。ただ、ジューサーはやはり場所を取りますし、ある程度お金はかかりますから、きっかけが必要でした。

そのきっかけになったのが、こちらのドキュメンタリー"Fat, Sick and Nearly Dead" でした。

オーストラリア人のビジネスマン、ジョー・クロスが、肥満と自己免疫系の病気で薬を多量に摂取しても良くならない、ところから、食生活で症状を好転させる決意をします。60日間野菜ジュースのみのダイエットを敢行し、自らの体調を完全に好転させるばかりか、周りの人々の人生にも影響を与えていきます。Fast Food Nationのちょうど逆回しと言えるかもしれません。

ここで登場するBrevilleのジューサーを私たち夫婦も買うことにしました。残念ながら日本では直販はないようですが、並行輸入は可能のようです。遠心分離式で最もポピュラーなブランドでしょう。約$150でした。

私はもともとわりと体も丈夫な方なので、特に健康法が必要だと意識していたわけではありませんが、冬の間についた脂肪のせいで(食べるラー油で炭水化物の食が進みすぎていたという噂もあり)日本から持ってきたいくつかのパンツがはけない状態になっていたので、それをちょっとばかり落とそうということを目標にすることにしました。

ジュース生活前の私のスペックは以下の通り
体重:56Kg 脂肪率:23-24% 身長は平均よりやや高めです。
目標体重:52Kg、脂肪率:20%

食生活は以下のように変えることにしました。
野菜ジュースを毎朝晩コップ1杯ずつ飲む。
ジュースの内容はニンジン、セロリ、リンゴ、キャベツは大体毎回、あとブロッコリ、ケール、ビーツ、カラードグリーンなど適当に。
精製砂糖はやめる(お菓子はもちろん、市販のパンやシリアルも基本的にNo)
ジュースで糖分過多にならないよう、炭水化物(ご飯、芋)をざっと半減する
栄養素を十分取れているはずなので、肉もざっと半減する
というかーなーりーおおざっぱな方針のみです。

そして、ツイッター上でボストンのまゆみさんから教えていただいた、マメグラ(mamegra.com)で毎朝体重を量る。

それがなんとか4週間(ときどきのズルを除いて)続きましたよ!

とりあえず結果の方から。
今朝の体重:53.3kg 脂肪率20.8%
途中で54-55kg前後で大分停滞していましたが、いわゆる「停滞期」だったんでしょう。

体調の変化はすぐに出ました。
とにかく夜になっても疲れを感じない、夜の皿洗いとか、週末の家事も元気にこなせる。
睡眠時間が少なくて平気。もともと冷え性で低体温気味なのが、いつも手足もポカポカしている。
ノーメークだとふだん顔色が悪いのが、血色がちょっと改善した気がする。
予想外の効果としては、PMSから生理が楽でした!普段は気分&体温の変化、めまい、頭痛、腹痛など女性お馴染みの症状に数日間悩まされていたのが、今回のサイクルは、とーっても楽に済んだのにはびっくりでした。

細かく計算はしていませんが、摂取カロリーはおそらく1500-1700kcalに抑えていたと思いますが、それによるつらさもあまり感じないですみました。プラセボ効果もあるのでしょうけれど、野菜の甘みのおいしさに対する感動があって、精製した砂糖を使ったものを食べたいと思うどころか、たまに口にすると甘すぎると感じるようになりました。
以前は毎朝のようにチーリオという甘くないシリアルに、シナモンクランチという甘いシリアルを混ぜていたのですが、この4週間箱さえ開けていません。

脂肪率はおそらく10代以降22%を切ったことがなく、つねに下腹や背中に贅肉がついているのが常態だったのが、目に見えて落ちたのにはびっくりでした。運動は子供の学校の送り迎えで一日合計5kmほどは歩いている計算ですが、これは都市部で通勤する人と同じくらいの運動量ではないでしょうか。これなら今年の夏は水着もいけるかも?
まだ目標体重までもう少しですが、カロリー摂取はややゆるく、1800kcalぐらいな感じで続けてみようと思います。

次回暇ができたら、ジュース生活の楽しさについて書いてみようと思います。



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ノルウェーテロ犯「韓国・日本は女性が従順な国」になぜむかついたか
こちらのツイートが思いがけず大量RT&メンションされたのだが、その大半の意見は「ブレイビクは日本女性は従順だと思っているようだが、そんなことはない」という趣旨のようだったので、忘れないうちに書いておこうと思う。http://twitter.com/#!/Miepong/status/96482092531200001

まず元記事の引用。

ノルウェー史上最悪のテロとなった爆弾・銃乱射事件のアンネシュ・ブレイビク容疑者(32)が、韓国や日本のように家父長制が確立されるべきだと主張したと、海外メディアが伝えた。

英日刊テレグラフは、ブレイビク容疑者が犯行の2時間40分前、「2083:欧州独立宣言」と題した宣言文をインターネットに載せ、フェミニズムに対する嫌悪感を表明し、家父長制の回復を強調したが、その代案として「日本や韓国がモデル」と主張したと24日報じた。

ブレイビク容疑者は「欧州が日本や韓国のようになるのが見たい」「韓国と日本は保守主義や民族主義に近く、両国の女性が従順だ」などと付け加えた。

これは、韓国と日本は家父長制が確立されていて、単一民族を維持し、多文化社会に排他的という見解に基づくものだ。



ブレイビク容疑者は自分の生きる現実全てを否定したくて、「キリスト教原理主義」とか「家父長制」とか「民族主義」とかのファンタジーに理想を託しているらしいが、支離滅裂である。キリスト教原理主義なら、偶像崇拝の国日本は完全アウトではないか。(韓国なら国民の3-4割はキリスト教徒だけれども。)それに見市建(@kenken31)氏が指摘するとおり、家父長制や女性の従順ならアラブ諸国の方がよっぽど厳格だ。

であるから、ここでのブレイビクのコメントは正直言うと検討する価値もない。では私はなぜむかついたのか。

私がむかつくのは、もちろん偏執的なキモオタであるブレイビクが気持ち悪い、からではなくもない。

しかしそれ以上に、「日本は保守主義や民族主義に近く、女性が従順だ」と、遠いノルウェーの極右に認識されていることが、必ずしも真実から決して遠くないからむかつくのである。

もちろん日本女性はアラブと違って選挙権もあるし、車も運転されているし、一応男女同権は法律に明記されている。大多数の既婚男性諸君は妻の尻に敷かれており、若い無職男性は女性に職を奪われている、と感じているかもしれない。

しかし、数字は嘘をつけない。世界経済フォーラムのGGG(Global Gender Gap)調査によれば、日本の男女平等度は、イスラム諸国以下の94位である。日本女性の不平等度は、世界中で明確に認識されているのである。たとえ家庭内で財布の紐を握っていようが、結局社会的に発言力がなく(国会議員はわずか1割)、経済力がなければ実質的に何の意味があるだろうか。経済力を夫に頼り自立していなければ、ひとたび離婚すればたちまち貧困層である。

「出る釘は打たれる」社会で日本女性が声を上げるのは至難のわざである。そもそも男女そろって子供の頃から、責任感やリーダーシップのせっかくある子供が手を上げれば、「あいつは目立ちたがりだ」とやっかむ社会なのだから、人間関係の空気を読むのに男性より敏感な女子が、あえて責任を取ろうとするわけがない。

大学を出て、28人中4人の総合職女子として就職した私だが、2年間の営業経験の後、女性向けの「コールセンター」指導職に異動になり、私のやる気は崩壊を起こしてしまった。結局社内でがんばって上昇する意欲もなく、会社員としてはある意味で道を外れたまま外資を転々としてしまったわけで、自分は女性の後輩に申し訳ない挫折者といってよいと思っている。

マイナスからのスタートなのだから、女性の労働市場進出や、議員の増加や、女性専門職や研究者を増やすには、社会を挙げての大きな支援が必要なのだ。あまつさえ待機児童がいるとか、就職してないと保育園にさえ入れられない(いったん辞めたら、就職活動するために預けることさえできない)状況で、「かかあ天下」とか言っている場合ではないのである。

だから、この記事を読んでむかついたツイート後に、「日本女性は従順ではない」という大量コメントを目にして、私は記事の数倍、日本人男女のこの無知というか不平等の許容にさらにめまいでクラクラしてしまったんである。







テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

ゾーイ・ヘラーの「The Believers」:信じてきたものが揺れ動くとき
ここ数年間、実はフィクションはほとんど読んでいなかった。子育てで忙しかったし、すこしでも時間があれば仕事のための勉強をしなくちゃ、と思っていたからだけれど、最近は少しは自分の好きなことに時間をとることに罪悪感をもたなくなってきた。

フィクションを最後に読んだのは3年近く前、矢作俊彦の「あ・じゃ・ぱん」だから、ぜんぜん毛色はことなる。この本を手に取ったきっかけは、Costcoで黄色い表紙が派手だったこと、Twitterで私がフォローしている@Lingualinaこと大原ケイさんが何度か言及した「ミチコ・カクタニ」、NYTの超辛口批評家の好意的なレビューの一部が本にのっていたことだ。

この物語はNYの左翼ユダヤ系の弁護士ジョエル・リトヴィノフとイギリス労働者階級出身のその妻オードリー、その長女カーラ、次女ローザ、養子レニーを中心として描かれている。といっても肝心の弁護士は冒頭すぐ脳梗塞の発作で植物状態になってしまい、あくまで背景の一部分でしかないのだが。この家庭では休日は家族全員で反戦デモに参加するのが当たり前だったりするので、かなり一般的な基準からすると変わっているのだが、私自身、母親と一緒に反核デモに参加したりして育ったので、この奇妙な家族のありかたにおもしろく引き込まれていった。

タイトルがThe Believersとあるように、テーマは信じること、それがイデオロギーだったり、家族だったり、信仰だったり、人は何をきっかけに信じるようになり、また信じるものが何かのきっかけで信じられなくなったり、裏切られたりしたとき、どう反応するのか、ということをリトヴィノフ家の家族それぞれの一員の行動を通して描いている。

オードリーはジョエルの妻として一家を支えてきたという自負が、ジョエルの不倫&隠し子の発覚で揺るがされる。長女カーラは面倒見が良くやさしいが、太めで容姿に自信がなく、婦人科の問題で妊娠できないことを引け目に思っている。子沢山の家庭を望む夫に忠実に従い、内心気が進まない養子縁組のプロセスをはじめるのだが、自分を熱心に慕ってくれるアラブ系の男性が現われ、心が揺れ動く。次女ローザは一途で純粋、熱烈な社会主義者としてキューバに4年間も生活していたが、社会主義に失望し、今度は自分のルーツであるユダヤ教、それもバリバリ硬派の正統派ユダヤ教に傾倒してゆく。

人間は誰でもなにかしら信じるものを必要としている。基本的に無神論者であるリトヴィノフ家の場合は左翼イデオロギーがそれにあたるだろう。宗教や政治思想に比較的アレルギーの強い日本人だって、「自分は日本に生まれて日本民族の一員だから日本人だ」ということに安心の源をおく、いわゆる「日本教徒」が大半なのではないだろうか。(だから多くの人、特に男性は「夫婦別姓」とかが出てくると、もともと日本教の一部分であるイエ制度とかお墓とかが完全に滅びる予感で動揺してしまうのである。)

登場人物の中でやっぱり面白いのは女主人オードリーである。娘のローザがユダヤ教に傾倒してゆくのを嘆き、ローザに「自分が信じていたものが事実でなかったことに気がついたらどうするの?」と尋ねられると、きっぱりと「その事実を拒否するわ」と言い切るのである。夫ジョエルがもてて不倫を重ねてきたことは知っていたが、自分がその問題に直面せずに住んでいるうちは、なかったことにして強気にふるまってきたのだ。

ところが今度の不倫相手には子供もいる。養育費も要求してくる。なおかつ「自分の子とジョエルの3人の子供を兄弟同士として交流させたい」とまで言ってくるなかなかあつかましい女なのである。簡単に「なかったふり」はできず、さすがのオードリーも悩まずにはいられない。自分の信じていた家族のありかたの軌道修正を彼女はできるのかどうか、というのが面白いポイントなのである。

それからほとんど出てこない植物状態のジョエルだが、ヘラーは回想場面などでその魅力的なキャラクターをうまく描いている。知的だが偉ぶることが無く、人間的な温かみを備え、クラシック音楽をたしなむ。好きな音楽の中には王政賛美の曲もあったりして、若い頃のローザはそんな父を社会主義者として不純だとせめたりするわけだが、包容力のある物語の主人公にはかくあってほしい、という理想的なキャラクターだ。

わたしがキャラクターとしてまあまあ似ていると思ったのは次女のローザだ。彼女は自分の信念に対して一途に生きているので、中途半端な生き方をする人々が許せない 。社会主義に失望してキューバから帰国して以来、ハーレムの少女たちをサポートするNPOの職員として働いているが、そんな自分の中途半端さに嫌気がさしている。正統派ユダヤ教の教理を知って、「こんな極端な生き方は無理」と言いつつ、ユダヤ教徒たちの確信に満ちた生き方に魅かれずにいられない。

わたしは無神論者の家庭で育ち、はたちでかなり過激なキリスト教の教会に飛び込み、10年以上かなりストイックなキリスト教徒としての生活を送った。30台の半ばで教会自体の変容もあって、今では「イエス教」だけど「キリスト教徒じゃない」という心境になった。たぶん年齢のせいもあって、「中庸の美徳」の良さ、日本的な多神教的な包容力の大きさにより魅かれるようになってきた。

教会が変容する過程で牧師がやめたり自分の親友を含む多くの教会員が教会を離れたり、オードリーやローザがこの物語で体験する、「信じるものの土台が揺れ動く」がまさに起こった。それを通して私も自分の信仰のありかたをその後の7、8年間、ゆっくり問い直してきた。

そういう経験に直面すれば、好むと好まざるをかかわらず、わたしたちは自分の生き方を見直して、自分のよりどころをどこに置くのか、それなりに考え直さざるをえない。そのきっかけは、配偶者の死かもしれないし、失職かもしれないし、または社会の変化(自民党の敗北、みたいにね)かもしれない。 高い自殺率でもわかるよう、多くの日本人はそういうとき、信じるものが不確かな「日本の世間の中の自分」である分、比較的打たれ弱いように思う。

頑固なオードリーはローザみたいに宗教に走ったりはしないのだが、なかなか見事に自分の「信じるもの」を再構築してみせている。やっぱりそこの裏にあるのは自分を裏切ったことを知りつつ、愛さずにいられない、ジョエルに対する愛なのである。へラーは「嫌われ者」のキャラクターを描くのがうまい、と評されているようで、2作目のA note on a scandalは「あるスキャンダルの覚書」として邦訳があり、映画化もされている。最初の2作もぜひこれから読むつもりだ。

テーマ:書評 - ジャンル:本・雑誌

アラブの人とのプチ異文化交流の思い出
全然ランダムな話題なんだけど、Twitterを見ていてふと思い出したので。

私は大学2年の時、ひと夏をヨーロッパで過ごしました。4週間イギリス南部のフォークストーンという港町でホームステイして英語学校に行き、その後はホームステイ先が一緒だったスイス人の女の子の実家に3日間お邪魔し、それから電車に乗ってオーストリアのザルツブルグに祖母を訪ね、ザルツブルグからロンドンに戻って2週間ダンスやバレエのサマークラスを受け、、という楽しい夏でした。

ロンドンではロンドン大学の寮が夏の間観光客に開放されるので、そこに泊り、ヨーロッパ各地や中南米からの学生などと親しくなり、クラスの後はパブめぐりをしたり、今思うと二十歳の娘っ子がだいぶ色々冒険したなあと思います。その当時の友達とはフェースブックのお陰で旧交を最近温めており、これもまた楽しいのですがそれは又の機会に。

ある週末、思い立ってマダム・タッソーのロウ人形館に行ってみた日、長い行列で私の前に並んでいたのはチャドルをかぶったお母さんを含むアラブ人の大家族でした。小さな子供もウヨウヨいたのですが、どうやら受付で「10人なら団体割引が利く」と言われたらしく、後ろにいた私に声をかけてきました。そりゃ貧しい学生ですから、喜んで便乗させてもらいました。

1階の蝋人形、そして地下のこわーい拷問博物館を見た後、「どうせだからこの後ランチ一緒にしない?」といわれ、ありがたくご一緒させてもらうことにしました。この頃までにはそれぞれの子供の名前やら年を聞いて、けっこう仲良くなってましたから。地下鉄で15分ぐらい乗って、外に出ると、そこはアラブ人街、壁のあちこちにはアラビア語のグラフィティーが描かれていたり、道行く人々もアラブ系を多く見ました。

フィッシュアンドチップスを買って、狭いアパートで一緒にランチを食べながら、彼らがサウジアラビアから一時的にこちらの親戚を頼ってたずねて来ていること、観光ビザで来ているけれど、仕事が見つかればこちらにそのまま滞在したいらしいことなどがわかりました。今思えば、80年代終わりのロンドンは不況で、彼らは仕事が見つからないままそのまま不法滞在を続けたのではないでしょうか。

それでも彼らはとてもとても感じの良い人たちで、子供たちも行儀がよく、互いに住所を交換して別れました。

それから日本に帰ってきて、この夏の思い出もあせてきた1年ほどたった頃、アフマド某(仮名)という人から絵葉書が舞い込みました。「こんな名前は覚えていないぞ」とくずかごに放り込む直前に、「自分はあなたがロンドンで世話になったアブドゥラー(仮名)のいとこだ、職探しで日本に来るから家に泊めてくれないか」といった内容が目にとまりました。うわあ!仰天です。

確かにフィッシュアンドチップス、割り勘にしようといったけれど払わせてもらえなかった。だからといって、見ず知らずの私からしたら他人を、いきなり家に泊めるなんて、不可能ですよ!母とふたり暮らしのうちには親戚だって泊めたことが無いのに!

フォークストーンでクラスが一緒になったUAEやイエメン出身の子達に、「アラブ人は情が厚いから互いにもてなしあうことを大切にするんだ」とは確かに聞いてはいたものの、これほどとは思いませんでした。英語学校でアラブ系の子達は、親日的で、日露対戦を持ち出して「イスラムのトルコを迫害していたロシアを破った日本人をみんな尊敬しているんだ」と語ってくれたものでしたが。

ともあれアフマド氏にいきなり日本に来られては困りますから、うんうんうなりながらびんせんに丁寧に「あなたが泊り場所を確保したら、観光案内ぐらいはできるけれど、病気の母がいてうちに人を泊めることはできない(もっぱら嘘でもない)」と書いて返事をしました。

その数週間後、ある日「今成田空港にいる、迎えに来てくれ」とアフマド氏からいきなり電話が来ました!手紙を送った旨説明したのですが、彼は明らかに電話口の向こうで不機嫌そうで、「日本に行ったら、俺たちの親友が面倒みてくれると言われていたのに」と最後までブツブツ言われました。ともあれものすごいアラブ訛りに四苦八苦しながら、事情を説明して、ホテルを探す方法と、リムジンバスに乗る方法を教えました。その電話以降彼が連絡してくることはありませんでした。

その後もうアフマド氏ともアブドゥラーファミリーとも音信はありませんが、今でもアパートで食べた新聞に包まれ、油くさいフィッシュアンドチップスの匂いと、アフマド氏の不機嫌な声のトーンが脳裏に残っています。二十歳で知った、異文化交流の難しさの思い出です。


テーマ:異文化を楽しむ! - ジャンル:海外情報

海岸までジョギングしてみた
カリフォルニア、それも風光明媚なビーチタウンのサンタクルーズに住んでいるくせに、出不精なITギークの配偶者を持ったばかりに全然それを生かしていない私の生活、、がそろそろ変わるかも!

わたしはもともと筋金入りのエクササイズ好きなので、一人目の子供が生まれた後も、子供をスリングに入れてはせっせと散歩し、半年ちょっとで妊娠前の体形まで戻したのでした。ところが二人目を生んだ後は1月で産休はおしまい、仕事に復帰したら家と仕事場は来るまで往復、子供を保育園に迎えに行ったら自分の時間なんて取れない、、、というわけでいまだに妊娠前プラス2kgほどが落ちないままなのでした。

昨年夏から思い切ってフリーで通訳・翻訳者として仕事をするようになってからも、最初の半年は必死こいて勉強&営業活動に励んでいたので、平日運動に時間をとるなどとは思いもよらなかったのです。ところがそんな中で昨年末にはとうとう「ぎっくり腰」をやって寝込んでしまい、生活を改める決心をしたのでありました。

以前から目をつけていた、ランニングシューズの専門店に行き、足のバランスを見る機械に乗って、歩き方をみてもらって、いくつかシューズを見繕ってもらいました。土踏まずはしっかりあるが、歩くときにやや右足が内側に傾くとの判断。ミズノ、アシックス、ニューバランスを出してもらたった中で、圧倒的に足の送り出しが良く、走りよかったのはアシックス。昔ジョギングをしていたときもアシックスのトルションだったのを思い出しました。そういうわけで高いけど($140、チーン!)思い切って良い靴を買いました。

それからいまどきのジョガーなら当然でしょうが、ン10年ぶりの私にはびっくりの合繊の吸湿速乾(wickableというのですね)のソックスを買い、Costcoでセールだった運動用のカプリパンツを買い、ばっちり用意して、それから数日間仕事&週末の子供の相手で忙しくて、、本日ようやく走ってきました。

モンテレー湾を見渡す海岸まで1.1マイル、1.8km、ジョギングにはぴったりの距離です。行きは気持ちよく、とりわけ海が見えてからは「あと少し!」と元気にジョギングしていきましたが、帰りはさすがに心肺機能がついてゆかず、半分ジョギング、半分早歩きとなりました。

今は家から海岸まで直線的に行って帰るだけでやっとですが、すこしずつ海岸沿いを走る距離を伸ばしてゆくのが今後の楽しみ&チャレンジです。




プロフィール

Author:みーぽん
複数の外資系秘書を経て英語通訳者に転身、2007年に夫の地元カリフォルニア州サンタクルーズに引っ越しました。
2年間こちらで環境金融の会社のアドミ&会計を担当した後、2009年からフリーで通訳・翻訳をしています。
TwitterのIDは@miepongです。



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