みーぽんBLOG from カリフォルニア
カリフォルニアから時事、政治、環境、日米比較などランダムに綴ります
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海岸までジョギングしてみた
カリフォルニア、それも風光明媚なビーチタウンのサンタクルーズに住んでいるくせに、出不精なITギークの配偶者を持ったばかりに全然それを生かしていない私の生活、、がそろそろ変わるかも!

わたしはもともと筋金入りのエクササイズ好きなので、一人目の子供が生まれた後も、子供をスリングに入れてはせっせと散歩し、半年ちょっとで妊娠前の体形まで戻したのでした。ところが二人目を生んだ後は1月で産休はおしまい、仕事に復帰したら家と仕事場は来るまで往復、子供を保育園に迎えに行ったら自分の時間なんて取れない、、、というわけでいまだに妊娠前プラス2kgほどが落ちないままなのでした。

昨年夏から思い切ってフリーで通訳・翻訳者として仕事をするようになってからも、最初の半年は必死こいて勉強&営業活動に励んでいたので、平日運動に時間をとるなどとは思いもよらなかったのです。ところがそんな中で昨年末にはとうとう「ぎっくり腰」をやって寝込んでしまい、生活を改める決心をしたのでありました。

以前から目をつけていた、ランニングシューズの専門店に行き、足のバランスを見る機械に乗って、歩き方をみてもらって、いくつかシューズを見繕ってもらいました。土踏まずはしっかりあるが、歩くときにやや右足が内側に傾くとの判断。ミズノ、アシックス、ニューバランスを出してもらたった中で、圧倒的に足の送り出しが良く、走りよかったのはアシックス。昔ジョギングをしていたときもアシックスのトルションだったのを思い出しました。そういうわけで高いけど($140、チーン!)思い切って良い靴を買いました。

それからいまどきのジョガーなら当然でしょうが、ン10年ぶりの私にはびっくりの合繊の吸湿速乾(wickableというのですね)のソックスを買い、Costcoでセールだった運動用のカプリパンツを買い、ばっちり用意して、それから数日間仕事&週末の子供の相手で忙しくて、、本日ようやく走ってきました。

モンテレー湾を見渡す海岸まで1.1マイル、1.8km、ジョギングにはぴったりの距離です。行きは気持ちよく、とりわけ海が見えてからは「あと少し!」と元気にジョギングしていきましたが、帰りはさすがに心肺機能がついてゆかず、半分ジョギング、半分早歩きとなりました。

今は家から海岸まで直線的に行って帰るだけでやっとですが、すこしずつ海岸沿いを走る距離を伸ばしてゆくのが今後の楽しみ&チャレンジです。


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近所の山火事
近所が山火事です。Lockheed Fireという名前がつけられ、毎日全国放送で報道されています。
サンタクルーズから北に15Kmほどのボニー・ドゥーンBonny Doonというところで、ちょうど一週間前の水曜日夜半に山火事が発生、現在65%ほど消火が進んでいますが、いまだに燃え続けています。(関連記事

ボニー・ドゥーン、そしてさらに小さなスワントンSwantonという集落では2400人ほどが強制避難の対象になり、5日目にしてようやく部分的に帰宅が許されるようになった状態です。

毎日遠方から応援で来る消防車の隊列を見ます。唯一の通り道であるHW1沿いにはThank You Firefighters! 消防士さんありがとう!のプラカードがところどころにたっています。

特に雨が少なかった去年に比べ、今年の山火事の頻度は確かに少なめではあるのですが、今回は私がカリフォルニアに引越してから、一番近所で発生した山火事であり、実際にうちの車が灰まみれになり、毎日空気が煙って、目や喉に痛みを感じてみると、その重大さが身近に感じられます。

山火事は雷雨によって引き起こされたりもするので、必ず人為的に引き起こされるわけではないのですが、「運転中に吸殻を捨てて山火事を引き起こした」かどで女性が逮捕された、とか南カリフォルニアでは山中の「違法のマリファナ栽培&精製工場が料理中に火事を起こした」などというニュースも耳にします。

Lockheed fireの原因はまだ不明、明らかになるかどうかもわかりません。ただ温暖化が進む中、ただでさえ予算不足のカリフォルニアにとって、山火事との闘いが大きな負担になり続けるであろうことは間違いありません。
南カリフォルニアまでドライブ
3週間前の週末、金曜日から月曜日にかけて、夫の親戚に会いに、南カリフォルニアまでドライブしてきました。義妹はサンディエゴの郊外のエスコンディドという町に住んでいます。サンタクルーズからエスコンディドまでは720km。日本でいえば東京から山口県ぐらいの距離です。

日本にいるときに車で長距離、といえば若いときに夜行バスで東京から大阪に行ったり、スキーで長野県まで往復したぐらいですから、これだけの距離を4日間のうちに往復したのは初めてのことでした。

往路は最短距離をとり、州都サクラメントとLAを結ぶハイウェイ5で行くことにしました。金曜日の午後、仕事を早めに切り上げ、3時ごろ出発し、エスコンディドのホテルについたのが11時半ごろでしょうか。グーグル検索で7時間半、とありますが、子連れでトイレや夕飯のために休憩を取りながらのわりには、スムーズにゆけたということですね。

ハイウェイ(HW)5はお世辞にも「風光明媚」なドライブではありません。大型トラック(Semiといわれる、タイヤ20輪のヤツです)が行き交う、荒涼とした風景の中のドライブです。カリフォルニアは沿岸近くは緑豊かですが、一山越えれば、地下水をスプリンクラーで撒かなければ農業は成り立たない、乾燥した気候です。

まっさきに見たのはサンルイス・レザヴォアという巨大な人工湖。カリフォルニアには大小多数の人工湖があって、遠距離までの水需要を満たしています。そしてこの人工湖には当然ダムと水力発電の設備もあります。このあたりではワイナリー、そしてアーモンドやピスタチオといった果樹園が広がっています。

さらに南に下ると緑の量がどんどん減ってゆきます。HWぞいに北カリフォルニアからLA、サンディエゴをつなぐ運河も目にしました。さらに、見渡す限り屠殺を待つ牛がぎゅうぎゅうに閉じ込められたケージが広がる風景や、ぽつん、ぽつんと雁首を動かす石油掘削ポンプも見ました。

カリフォルニアは、20世紀に入るまでは大きな都市が存在することは不可能でした。それはなんといっても水資源がないということに尽きます。ところが19世紀末からユタ州でモルモン教徒が地下水の掘削技術を開発し、また石油を燃やして電気ポンプで水を大量にくみ上げることができるようになり、都市を支える農業、産業用水を確保することができるようになり、LAやサンディエゴといった都市の建設と拡大が可能になったのです。

運河や地下水といった水資源はもともとはロッキー山系の雪解け水が源になっています。温暖化が進み冬季の降雪量が減れば、川や地下水の水位は下がります。爆弾低気圧のような豪雨による降雨は、そのまま海に流れてしまう割合が高く、水の供給はさらに困難になるでしょう。

さて、こちらに来てもうひとつ気になったのは、インディアン居留地の存在でした。エスコンディドの周辺にはいくつかインディアン居留地があり、そのうちのひとつ、テメキュラの町に立ち寄ることになりました。テメキュラはペチャンガというインディアンのトライブの居留地に位置しており、町の中心には、周囲を睥睨するような、唯一高層のカジノリゾートホテルが建っていました。

アメリカではギャンブルはラスヴェガスとニュージャージー州アトランティックシティ以外は違法なのですが、インディアン居留地は連邦政府の管轄外ということで、カジノが建設されることが良くあるのです。居留地におしこめられても、伝統的な狩猟採集で必要な生活の糧を得るには狭すぎる、結局生活保護に頼るしかありません。生活保護に頼るか、ギャンブルよるとしても自立した経済をもてるほうがよいのか、という選択肢を与えられたら、自立を選ぶほうがいいのでしょう。

義妹の友人はペチャンガの一員と付き合って妊娠したのですが、子供が生まれる前に彼が精神的に爆発してしまい、(双極性と診断されたとか)別れてしまいました。仕事をやめてしまって、これから経済的に大変じゃないの?とたずねたら、彼はインディアンとして年金をもらっているので、別れてからも母子を経済的には支援し続けてくれているのだとか。

帰りはHW1を海沿いにドライブ、行きとは違い、美しい海岸の風景を楽しみながらのドライブになりました。途中で廃墟になった「ミッションサンミゲル」を通り過ぎながら、来し方の歴史に思いをはせずにはおられませんでした。

サンディエゴもサンタクルーズも、もともとはカトリックのミッションが始まりの町ですが、今はサンタクルーズ近郊にはネイティブの人々もその文化も全く残っていません。オローニー(Ohlone)という人々がいたのですが、スペイン人の持ち込んだウィルスによって人口が激減、残ったわずかな人々も生活の糧を失い、周囲に同化するしかありませんでした。

この旅をきっかけに、アメリカの先住民の問題にちょっと興味がでてきました。たまたまPBSの”American Experience”という番組でアメリカインディアンの歴史ドキュメンタリーを連続してやっており、今まで17世紀のサンクスギビングのもとになったエピソード、そして1812年の米英戦争のきっかけとなったショウニー族のチーフ、テカムセのエピソードの二つの番組を見ました。

PBSはアメリカ政府の資金も入っている放送局ですが、このドキュメンタリーは、インディアン側の視点がプロデューサー、語り部として中心になっており、アメリカの暗部に光を照らす良心的な番組になっていると思いました。

日々の生活で気付かないこと、この4日間のドライブで新たに心にひっかかるものがでてきました。

サバービアの夢の終わり
日本では小沢党首への「国策捜査」が話題を提供し続けていますね。検察による「恣意的な捜査」といえば、わたしが思いつくのはウォール街に対して厳しい規制論者だったエリオット・スピッツァーNY知事が売春スキャンダルで辞任に追い込まれた事件でしょうか。権力にあるものが、FBIであれ、検察であれ「犯罪捜査」を恣意的に行うのは同じなのだな、という思いです。

わたしが日本を見ていて感じるのは、「反・非自民」のリーダーとして、もっとも旧自民党的な、農水・土建に支持層があり、田中角栄の流れを汲む小沢一郎を掲げるしか選択肢がないのか、もっと広範な市民を代弁するリーダーが育っていないのはなぜか、ということです。そしてその理由の第一は、日本の学生が「全学連」への忌避感からなのか、世界一「非政治的」であり、学生が政党にリクルートされ、リーダーシップを育てられていくという、世界中でおこなわれていることが日本で起こっていないからだと思います。

さて本題ですが、最近「転向」して話題になっている中谷巌教授が、1960年代にアメリカに留学した際に、郊外の大きな一戸建ての豊かな生活に圧倒されて、アメリカかぶれした、と述懐していた「アメリカの郊外(サバービア)」について今日はちょっぴり書いてみようと思います。「60年代にアメリカに留学していた」っていうのは曲者ですね。中谷巌とか野口悠紀雄とか、「構造改革」推進論者のゆりかごであったということでしょうね。

彼らを虜にしたアメリカの郊外型の生活というのは皮肉なことに、「構造改革」の正反対で、第二次大戦以降、税金によって補助された、帰還兵援護法をはじめとした「持ち家推進政策」により広まったものです。わたしがサンタクルーズで1年半住んだ貸家も、50年代初めに建てられた家で、まさにこの時代に建てられた建売住宅の典型的な家です。同じとおりにほぼ同じ間取りの家が4軒並んでいます。2ベッドルームに広々としたキッチン、ダイニングルーム、そして暖炉のあるリビングルーム。広いリビングはすてきですが、夜中に家族が一部屋に集まっているときも家中をセントラルヒーティングで暖めているのはなんともったいないことか、と思いました。(その後いまは夫の実家に転居しましたが。)

日本だとマンションを購入する資金がない夫婦は、賃貸でマンションに住む、貸家に住む、アパートに住む、、とさまざまなレベルを選ぶことになると思いますが、サンタクルーズに関していうと、「庭付き一戸建て」か「庭付き2階建て集合住宅(コンドー)」に住むか、低収入層は「トレーラーパーク」に住むか、という選択になります。日本と比べると、あんまり中間の「小さめの集合住宅」は選択肢がありません。「トレーラーパーク」とはじめて聞いたときは、「キャンプカーに住むひとの駐車場のようなものかな」と思っていたのですが、違いました。トレーラー、というより日本でいう「プレハブ」が近いような感じがします。

「トレーラーパーク」に住んでいる、という響きは、「アパート住まい」よりずっと貧しさが響いてくる感じです。中に入ってみれば、日本のふつうの2DKのアパートなんかよりはずーっと広くて、80平米ぐらいはふつうにある感じなのですが。でもアメリカのテレビドラマや映画では、貧しい人たちもだいたい一戸建てに住んでいて、トレーラーパークの生活が描かれることはめったにありません。低所得者層も無理して一戸建てに住みたいと思わせる強い文化的プレッシャーがあるのです。

1980年代から米国が「小さな政府」を志向するなかで、住宅購入に関しては「ファニー・メーFannie Mae」「フレディー・マック Freddie Mac」といった政府系住宅金融会社を通して、低金利のローンが提供され続けてきました。それと同時に、ビッグ3は電車やバスによる公共交通機関を買収によりどんどん阻む一方で、やはり低利子のローンを車の購入の際に提供し、一人一台自動車を持つ社会を作り上げました。そして不動産開発業者はどんどん新興住宅地を開発し続け、それが一巡すると、本来なら住宅ローンを組めないような層にもサブプライムローンが拡大されていったのですね。

ところでこの夢の郊外生活が実はまがいものの幸福だ、ということは「アメリカン・ビューティー」、「ステップフォードワイブス」といった映画で描かれるとおり、実は多くのアメリカ人が深層では気づいていることだと思います。苦労してローンを組んでも、もはや50,60年代とは違って夫一人の収入ではローンを払えない。妻も働きに出れば子供に割く時間や夫婦の時間が減ってゆく。それでもローンを払い続けることができれば運が良いほうで、この景気の中、夫婦のどちらか、もしくは両方が病気になったり失業しないとは限らない、、、。

現在のアメリカの経済危機は郊外に住む、という夢を徐々に侵食しているわけですが、そもそもアメリカの「郊外」というものが成立したのは安価な石油が手に入る、という前提のもとでしかありません。「エコロジカルフットプリント」によればアメリカ的なライフスタイルを世界中の人がしたら、地球が5個あっても足りないそうです。

フリードマンの「Hot, Flat, and Crowded」は温暖化の厳しい現実をつきつける一方で、「世界中で中流層が勃興し、アメリカ人的なライフスタイルを求め始めていることは問題だ」と主張しています。しかしこの本を半ばまで読み進めた時点で、いかにアメリカの郊外というものが、世界でも例をみない特殊な事情によるものかということには言及がされていないように思います。広い未開発の土地、政府による持ち家推進政策、そしてビッグ3の政治力で公共交通機関が発達しなかったことです。

中国人もインド人も自家用車を求め、エアコンや冷蔵庫を必要とするでしょう。でも、世界の中で突出したエネルギーを必要とする、車での長距離通勤と大きな庭付きの一戸建ての生活は、アメリカ以外のどこでも同じように実現されることは決してないでしょう。これから国の政策を長期的な視点で、言い換えれば「サステイナブル」な視点で立案する立場にある人間は、どこの国であっても、アメリカを反面教師にするでしょうから。

テーマ:アメリカ合衆国 - ジャンル:政治・経済

オバマ祝賀デー
衝動買いの得意な夫が、オバマ就任式直前に買ってしまったのが、Tivo
皆さんご存知ですか?
ようするにテレビのHD録画&再生機のことなのですが、キーワードを入れておけば、お気に入りの話題やタレントに関する番組を、これが自動的に全部録画してくれるわけです。

そういうわけで、仕事をしている間に見られなかった、9時間分の就任式特番を、就任式、その後のパレード、2百万近いという群集の衛星からの画像、夜の10の舞踏会の様子などを、TiVoでちょくちょく見ているところです。

オバマ演説についてわたしが感じたのは、「これはけっこう重たい」というのと、「やっぱりアメリカってこういう国なのね」の二つでした。

オバマは演説上手で、選挙演説の間は、一歩間違うと「扇動者(アジテーター)」的な、盛り上げてわーっという演説で群集を喚起させていたところが、就任演説は、さすがに重々しいというか、アメリカ人としての責任を自覚させよう、という印象がありました。

「やっぱりアメリカってこういう国」というのには、奴隷による犠牲、そして母国を離れリスクをとった開拓者たちを称揚したくだりに象徴されていると思ったのですが、良くも悪くもアメリカは「リスクをとって成功を目指す」開拓者精神がもてはやされる国なのだな、ということです。

逆に言えば、生まれた土地にそのままいて、リスクをとらなくて、ふつうに一生懸命働くだけでは報われなくてもしょうがないんだよ、という国なのね、というか。

やっぱり日本とは正反対の文化なわけですよ。

就任式は85歳の黒人の牧師,ジョセフ・ロウリー師による祈りで締めくくりになりました。
最後の部分、これが思いがけず面白くて、オバマも思わず笑みを浮かべてました。
韻を踏んでいるので、まず英語で読んでみてくだされ

... help us work for that day
when black will not be asked to give back,
when brown can stick around,
when yellow will be mellow,
when the red man can get ahead, man,
and when white will embrace what is right."

いつか黒人が「借金返せ」ともう言われず
浅黒いものが(白人と)共にいてもよくなり
アジア人も穏やかになり
アメリカ先住民たちが先頭に立つようになる、
そして白人たちが正義を実行するようになる
その日を目指す私たちを助けたまえ、、(みーぽんの私訳です)


オバマが「黒人も白人もない」といった演説のわりに、黒、茶、黄、赤、白、と色分けしてるのはアナクロだ、という論調もあることはあるみたいですが、オバマがニコニコしてたのでまあいいんじゃないでしょうか。

アジア人がメローになる日がいつか来る、、ってことは、
肌の黄色いアジア人たちはいつも忙しそうでけたたましい、
ってステレオタイプがあるせいなんでしょうねえ。
テレビや映画の中の中国人や韓国人が出てくる場合は、
こうるさい早口でせかせかしている中華料理屋の主人、とかクリーニング屋、とかが多いですからね。

その後のパレードでは、当然セキュリティー上オバマ夫妻は装甲リムジンの中にいるままでしょうと思っていたら、リムジンから出て歩きながら群集に手を振る場面が2度もあったのにはびっくりしました。
いやあシークレットサービスの面々にとっては非常に緊張する瞬間だったことでしょう。

独立軍の当時の衣装の部隊があったり、オバマが卒業したプナホウ高校のマーチングバンドがあったり。夜には祝賀舞踏会がなんと10もあり、オバマ夫妻が踊るシーンも見ましたよ。

この盛大な祝賀イベントのための献金は、カリフォルニア州からが一番多かったのだとか。

お祭りはこれで終わりです。

さっそくこの2週間の間に、オバマ政権は次々ブッシュ時代を覆す政策を打ち出して、
胸がすく思いがします。

もっかの心配は、健康保険政策を担当するはずだった、ダシュル上院議員が、不正献金疑惑で議会の承認が微妙になり、結局本日(2月3日)辞退を申し出たことでしょうか。
誰がこのポストにつくことになるのか、ちょっと興味ありです。


プロフィール

Author:みーぽん
複数の外資系秘書を経て英語通訳者に転身、2007年に夫の地元カリフォルニア州サンタクルーズに引っ越しました。
2年間こちらで環境金融の会社のアドミ&会計を担当した後、2009年からフリーで通訳・翻訳をしています。
TwitterのIDは@miepongです。



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