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富を呼び寄せるもの お久しぶりです。 この感興、徹底した平等主義者のみうらじゅんさんが、仏像を見て回りながら、同じように嘆いてました。(いとう・みうら共著「秘見仏記」) その時の結論は、「京都奈良の著名な仏師のものだけでなく、地方仏も称えよう」 というところに落ち着いていました。 京都・奈良というブランドが、かなり鑑賞眼を曇らせていることもあるでしょうし。
中世仏の場合には、勧進のシステムも大きく作用していると思います。 単に経済的に豊かな人の、名声を求めての喜捨だけが原動力でなかった……むしろそういう仏は、当時から低く見られていたのでないでしょうか……例えば宇治の平等院とか、進んでみようと思いませんよね。
>3.神仏混交とグローバリズム 「日本語でロックが歌えるか」の論争ではないですが、最後は、受け入れる側の文化と融合するのが常道と私は感じています。 ただ、日本は必ずしもこの「混交」という作業をうまくできていないと思うのです。 明治初期の「廃仏毀釈」に至るまで、結局「神」と「仏」とは”習合”という枠組みの中で、 「仏本神迹」(いわゆる”本地垂迹”)と「神本仏迹」(伊勢神道などでの”反本地垂迹”)とが主導権争いが止みませんでした。また、お寺の檀家が神宮寺の神人を差別していた例も、非常に多かったですし……。
たとえばインドで起こるような(ヒンズーとイスラムからシークが生じるような)、 融和的な混交には、意識的な運動が必要なのかもしれません。
【2007/06/07 00:07】
URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]
デルタ様 おお、お久しぶり、ようこそです!そういえばデルタ様は磨崖仏エキスパートでしたね。
「勧進」って、カトリックが「免罪符」を売ってカテドラルを建てたようなもんですか? 確かに「自分たちのお金でお寺・御仏が建った」と思えば愛着も増すでしょうね。
「混交」というより「習合」だった、、なるほど。 ただ、混じってなくても二つの異なる信仰を、庶民の側はフツーに許容して併呑している感じはするんですよね。 だから廃仏毀釈してまでの、天皇を頂点とする国家神道は、あくまでも一神教の西洋の絶対王政とカトリシズムをまねて、まとめて実現しようとした、日本史の例外的な事件だったんだなあ、とわたしは違和感を強めてるところなんですよー。
【2007/06/07 10:35】
URL | みーぽん #- [ 編集]
免罪符と聞かれましても 今度は私の方がわからない(爆)……高校時代は日本史オンリーでした(滝汗) 勧進のときには、お札とかも配られたかもしれず、 その意味では似ているかもしれません。 >混じってなくても二つの異なる信仰を、庶民の側はフツーに許容して併呑している感じはするんですよね。 その意味では、僧侶と神官のコップの中の争いですね(苦笑) 明治政府下の異常さは、そういう少数者の思想が「日本人の当たり前な要件」とされた点にもあるでしょうね。
【2007/06/21 21:31】
URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]
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