みーぽんBLOG from カリフォルニア
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不都合な真実の原点:「地球の掟」を読む (1)
この週末、「不都合な真実」のDVD版を見、また1992年にゴアが出版した、映画の元になった「地球の掟 -文明と環境のバランスを求めて」を読み終えました。

基本的に「不都合な真実」は「地球の掟」のダイジェスト版と言えるぐらい、内容的には重なっています。もちろん映画のほうは15年間分の最新の研究の成果がアップデートされているわけですが。 最初の数章を読んだだけで、15年前に書かれたにも関わらず、本書の持つパワー、価値はまったく薄れていないどころか、ますます強まっているという印象を受けました。

もちろん15年間の変化は加味して考える必要がありますが、今でも必読書といっていいと思います。それはこれが「環境の現状について」の情報本ではなく、「地球環境の変化をどう理解するか」わたしたちの思考の枠組み自体を変えるよう挑戦している本だからです。
このEarth in the Balanceの書評をアマゾン英語版で見ると、116のレビューのうち46が5つ星、40が星一つという極端な結果になっています。ゴアは87年には大統領選に出馬しますが、民主党はデュカキスを指名し、結局ブッシュシニアが大統領となりました。この内容の本に星一つをつけるということは、共和党支持者のネガティブキャンペーンとしか思えません。民主党のトップ政治家がここまでの本を書けば、2000年に大統領戦に勝たせるわけにはいかなかったというのはわかります。また、今かれが政治的な縛りが無い状況で環境教育に専念することができるのは、環境運動にとっては良かったとも思えます。

一般に「環境運動家」が書く本は、どうしても化学製造業や自動車産業などの実名を出して実際の汚染に対する告発したり、ワシントンでの「反」環境ロビー活動を攻撃する内容になりがちです。ワシントン内部で選挙民の訴えに耳を傾けてきたゴアは誰よりもその実態は把握しているはずです。しかしゴアは表面的な犯人さがしをするよりは(もちろん政治家としての限界もあるでしょうが)、地球におこっている根本的な環境の変化について、注意を向けさせ、対症療法的にではなく、全体的な(ホリスティックな)体質改善の必要性を、単に科学の視点からではなく、歴史、哲学、最新のシステム理論などを用いて深く理解させようというアプローチをとっています。

いまでこそ過食や喫煙が糖尿病やガンの原因になるので、病気になるまえに生活習慣を変えようというアプローチが一般的になっていますが、一昔前は、医学界も局部的な症状を見て、投薬なり手術をするというアプローチばかりでした。心身のバランスも含め、全体的に良くしてゆこう、という漢方やホリスティック医療は「似非科学」として退けられていました。ゴアが批判されてきたのも似た理由を感じます。

ゴア環境問題に対して「そんなに深刻な問題ではない」とする「懐疑派」の批判に対しても本書の中で十分に答えていると思います。その中でもわたしの印象に残ったのは、本書に挿入された、5mm四方のモザイクで画かれたリンカーンの絵でした。近くから見れば単に異なるグレーのモザイクに過ぎませんが、十分に離れて見ればリンカーンの肖像が浮かび上がってきます。ゴアは、不十分な情報量、情報精度であったとしても、一定のパターンを読み取る視点があれば、明らかにその意味を理解することができる、と言います。

92年当時環境破壊に関する情報のレベルが5mm四方のモザイクのパターンだったとすれば、様々な科学者の統計のつみあげ、地球シュミレーションコンピュータの進化などを通して、いまや初期のインクジェットプリンタ程度まで精度があがっているのではないでしょうか。どこまで精度があがれば、大多数のわたしたちの重たい腰があがって行動に移ることができるのでしょうか。

「不都合な真実」ではゆでガエルのアニメーションを用いたり、昇降機を用いて「小学生でもわかる」プレゼンテーションをこころがけていると思われるゴアですが、本書は大学の教養課程レベルは期待される深みのある内容です。そして映画では「環境」が主人公だったとすれば、本書の中心はゴアの思いでしょうか。環境保護にかけるゴアの情熱と真意がぐいぐいと伝わってきます。 本書の構成は、地球環境の現状の説明からはじまり、中盤で環境破壊の背後にある現在の文明のさまざまな病巣にメスを入れ、終盤で解決に向けての彼の構想が語られています。現在書店ではなかなか入手が難しいようなので、数回にわけて、内容の紹介もしてゆきたいと思います。

序章 決意への旅
ゴアが愛児の交通事故をきっかけに、大統領選に出馬するかわりに、本来の情熱の対象、環境問題について本書を書くことにした経緯が書かれています。

1章 砂漠の中の船団 (地球の現状)
アラル海の砂漠化、ヒトデの大量死など、地球の現状について読者の注意を喚起し、これが単に局地的な環境破壊でなく、全地球的に進んでいる問題であるということを訴えます。 

2章 未来が投げかける影 (システム理論で環境の全体像をつかむ)
ここでは環境懐疑派に対する反論と、環境問題を全体的に把握するための枠組みが述べられています。映画でも査読済みの論文のランダム・サンプリングで900いくつの論文で温暖化を否定した論文は一つもなかった、というのがでてきましたが、ここでもマスコミを批判してこういいます。
地球環境問題には、我々があまりよく理解できない科学的な専門用語が使われる。だから、きわめて少数の一部の科学者が、脅威は存在しないと断言すると、それが誤った意見であってもつい信じてしまいそうになる。マスコミは科学的問題を、政治的課題と同じように扱う。つまり、論争と対立を強調することが好きなのである。--- しかし、科学的な不確実性と政治的な不確実性の違いくらい心得ておいてほしい。

98%の科学者が温暖化説をとなえているときに、2%の学者の言い分を同じ重みでとりあつかうべきではない。IPCCでの討論でわかるように、地球温暖化が起こっていることについて科学者の間でのコンセンサスは成立したといっていい、というわけです。

このあと、冒頭に述べたリンカーンのモザイク画が出てきて、不確実な情報であってもパターンを認識して行動に移ることの重要性を述べ、カオス理論や相対性理論をとりあげつつ地球におこる体系的な変化のパターンを読む視点を与えてくれています。ここの一連の議論は読んでいても面白くてわくわくします。

3章 気候と文明の歴史 (気候考古学)
歴史的に、文明がいかに気候の変化の影響を受けてきたかを例示しています。18世紀末アイスランドや浅間山大噴火→気温低下→飢饉→フランス革命、とか950年ごろのマヤ文明は「中世の温暖化」の時期に滅んだのではないか、とか。人間の文明は私たちが思う以上に気候の変動に対して脆弱であるということで、へえ、と思う例が色々出てきます。

わたし自身、人間の文明すべてが今後100-200年のスパンで絶滅するとは思いませんが、ここから推論できるのは、昔から民族大移動が気候の変動(水源が涸れた、熱源の森林が枯れた)に促されてきたが、今後とくに気候変動に対して脆弱な地域(おもにアフリカやアジア低地地帯)からヨーロッパやアメリカへの移民がどんどん増えるであろうこと、そしてヨーロッパやアメリカも彼らを養いきれないだろうことがたぶん先進国の指導者の間でも共通認識になって、温暖化に対するアクションを速めているのではということでした。

4章:仏陀の息 (大気)
大気の変動には主に3つの問題、1、フロン 2、一酸化炭素の発生により、酸化作用によって洗浄する力が減少→メタンの上昇 3、温暖化がある、とします。

ここでびっくりしたのは、大気汚染防止が逆に気候変動を助長する場合もある、ということでした。酸性雨防止のための脱硫・脱硝装置は新たなエネルギーを消費するので逆にCO2排出量が増えてしまうのだそうです。環境問題を、体系的にとらえる必要性を教えてくれる良い例だと思いました。

さらにCO2、水蒸気、赤外線、気温の関係、つまり温室効果のメカニズムについてもわかりやすく説明しています。これもまあ映画では太陽から地球に日中降り注ぎ、宇宙に帰りたい赤外線クンたちが、邪悪な温室効果ガスの軍団につかまえられて、大気中にどんどん積みあがっていくというアニメで説明されていましたから、そちらのほうがわかりやすいことは間違いありませんが、、。

いずれにせよ、CO2のレベルを上げ続けること、それによる温暖化が地球全体の気候システムのバランスを崩すだろうと述べています。

5章:井戸が涸れたら (水文学)
水循環システムの変化。海塩分濃度と海流の変化が気候の変化をもたらすこと、(これは映画のデイ・アフター・トゥモローに使われましたね)、温暖化で降雪が減る→雪解け水が水源であるカリフォルニア西部などの乾燥が進むこと、極地の陸氷が解ければ海水面の上昇すること、森林の喪失、砂漠化、灌漑による地下帯水層の水位の低下などが述べられています。

ここに興味のあるかたは、「水戦争の世紀」(わたしの書評はこちら)、「ウォーター 世界水戦争」(共同通信社)あたりをお読みになってもいいかもしれません。

6章;皮一枚の厚さ (地表とそれを覆う森林について)
熱帯雨林は温帯の樹林と違って再生が困難であるが、貧しい途上国の人々は燃料不足のため、焼畑農法のため、また累積債務返済のため→森林の乱開発に走り勝ちである。森林伐採や灌漑農法で土壌流出が加速し、耕地が工作不能になってしまう。砂漠化;熱帯雨林をまとめて伐採してしまうと、雲が発生しなくなる、雨が降らなくなることによって土地の乾燥と砂漠化が進む。ヒマラヤの森林伐採→土壌流出→バングラデシュでの洪水の頻発につながる。

たとえばバングラデシュの洪水の問題は、ヒマラヤの森林伐採と、温暖化による海面の情報という二重の危機の結果というわけですね。ここでも個々の環境破壊が重なったときの相乗効果というか加速効果の一例が表れているように思います。

以下は次回エントリに続きます。
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テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済

この記事に対するコメント
文明の「死」と社会の「死」
まいど、この話題になると、偏屈に反撃してしまうのですが(もうしわけないです……)
このさい、ふたつだけ是非考えてください。

(1)自然科学的な「正しさ」を求めることと、社会的・経済的なリスク回避とは必ずしもイコールでないこと。
違った例でいえば、「原発事故は安全システム強化と訓練とで完全に防ぎうる」というのは、技術論的には正しいことです。けれど、だからといって原発事故が起こらないものと決めつけて備えをしない、というわけはありませんよね?
温暖化防止も同じで、2%の反対意見(実際には、3:7くらいの割合のはずですが)を棄却して「自然科学的に蓋然性が高い」と判断するにしても、CO2排出規制しか対策しない(対症療法的な準備をしない)のは、私にはそもそも怖ろしいのです。

(2)文明の死と社会の死
文明はある気候条件に特化して発展している面、確かにあります。マヤ文明の王権はたしかトウモロコシの種子を王朝が管理することで中央集権化していたと思いますが、これなどもっとも気候変動に弱い文化の形態でないかと思います。
しかし、その土地での人間の活動が完全に死滅するわけでないでしょう。産業の形・習慣が異なる集団があれば、どれかの手法で生き残れるのでないかな、と考えるのです。
文明のありかたが、気候変動に非常に弱い(あるいはその変動を増幅させるような働きがある)という自己認識が、私たち自身にあるからこそ、気候変動を恐く感じているのでないでしょうか。
社会、あるいは生活様式に柔軟さを失っている……、
問題はその点にあると、僕は言い切れます。

気候の変動は、……文明を持ち始めてからだけでも、プラスマイナス7℃くらいの幅で、我々(人類)はすでに経験しているからです。

追記)
>マスコミは科学的問題を、政治的課題と同じように扱う。
先日、惑星科学の先生が冥王星問題ていう題で講演されたときに、同じことを嘆いておられました。
反捕鯨にしても、反CO2温暖化ガス説にしても、仮説のモデルに対する懐疑から始る「科学的な問題提起」のはずなのですが、いつのまにかプロパガンダ扱いされてしまう……曰くアメリカの食肉業界の圧力に屈している、曰く石油業界から金を貰っている……(涙)
……もっともその点、CO2温暖化ガス説に対しても、「調査に原子力業界から資金が出ている」とやり返してるわけで、……申訳ないです
【2007/07/11 00:18】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]

デルタ様
デルタさんこんにちは、毎度コメントありがとうございます。

いちおう2回目のエントリでお答えしようとつとめたんですけれど、質問のお答えにあまりなっていなかったかも知れませんね。

>(1)自然科学的な「正しさ」を求めることと、社会的・経済的なリスク回避とは必ずしもイコールでないこと 
「原発事故は安全システム強化と訓練とで完全に防ぎうる」というのは、技術論的には正しいことです。けれど、だからといって原発事故が起こらないものと決めつけて備えをしない、というわけはありませんよね?

??「安全システム強化と訓練」という備えが技術的に100%完璧であるとしても、原発事故が実際に起きてしまったらどうするか、という対策が必要、ということですか?「おきてしまった場合の備え」は、原発事故を100%防ぐことが不可能だからではないんですか?すみません。思いっきりシロウトの質問で。おきてしまうのは技術的な理由でなくて、人為的な理由だから、でしょうか。

それは100%温暖化がCO2に起因しているとしても、CO2が原因じゃなかった場合にそなえて、CO2削減以外の社会的、経済的対策も取りましょう、ということでしょうか。(??)

いずれにせよ、自然科学的な側面からだけ、社会・経済的なリスクという側面からだけで環境を論じるのは間違っていますよね。「全体的に」ホリスティックにとらえるアプローチが必要とわたしは思っています。
【2007/07/13 12:02】 URL | みーぽん #- [ 編集]

定量的リスク管理の観点から
丁寧な返答ありがとうございます。

むしろ日本人には、圧倒的な科学・技術信仰ていうのがあって、原発の例でいったら100%事故を起こさないシステムというのがあり得ると信じてしまう傾向が、指摘されています(日本のマスコミだけの習性かもしれませんが)。けれど、機械の故障発生確率にしても、人為ミスの発生確率にしても、ある値より下げることは、不可能です。たとえばbpmオーダーの事故(不手際、見込み違い……)が起きると見込んでも、それを技術者の世界では、「0にできた」と見なすのです。
(このあたりの事情は飛行機事故が常に一定確率で起き続けていることから想像していただきたく)
原発事故が起こった場合の損害は、どれほどになるか、私にも想像つかないですが、
たとえば10兆円くらいと見込みましょうか。そうすると、年間bpmオーダーの確率で起きる事故でも、平均で年間数千万円の事故損害を潜在的に抱えながら原発を運営している、といえます(確率論でいう「期待値」です)

温暖化対策もこれと同じでないでしょうか。
たとえ人為的に発生するCO2起因との説の正しさ(蓋然性)が98.5%であったとしても、1兆ドルとも言われる損害予測値から考えると、CO2を問題にならないレベルに下げられたとしても1兆ドルの1.5%……すなわち150億ドルまでは、対症療法的な対策のために積み立てておく(あるいは対策事業のために使う)のが合理的な態度、と私は考えるのです。(……今ある天候保険は、同じ計算式でリスクの定量化を行っています)
今の議論が進んでいったら間違いなくそのような用途で150億ドルを用意するなんて話にならないでしょう。そこが私には恐く感じられるし、
特に定量的リスクマネジメントの考え方が定着しているアメリカでさえこの種の議論がカケラも起きていないというのに、疑念を感じているところなのです。
【2007/07/19 01:19】 URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]


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プロフィール

みーぽん

Author:みーぽん
複数の外資系秘書を経て英語通訳者に転身、2007年に夫の地元カリフォルニア州サンタクルーズに引っ越しました。
2年間こちらで環境金融の会社のアドミ&会計を担当した後、2009年からフリーで通訳・翻訳をしています。
TwitterのIDは@miepongです。



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