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文明の「死」と社会の「死」 まいど、この話題になると、偏屈に反撃してしまうのですが(もうしわけないです……) このさい、ふたつだけ是非考えてください。
(1)自然科学的な「正しさ」を求めることと、社会的・経済的なリスク回避とは必ずしもイコールでないこと。 違った例でいえば、「原発事故は安全システム強化と訓練とで完全に防ぎうる」というのは、技術論的には正しいことです。けれど、だからといって原発事故が起こらないものと決めつけて備えをしない、というわけはありませんよね? 温暖化防止も同じで、2%の反対意見(実際には、3:7くらいの割合のはずですが)を棄却して「自然科学的に蓋然性が高い」と判断するにしても、CO2排出規制しか対策しない(対症療法的な準備をしない)のは、私にはそもそも怖ろしいのです。
(2)文明の死と社会の死 文明はある気候条件に特化して発展している面、確かにあります。マヤ文明の王権はたしかトウモロコシの種子を王朝が管理することで中央集権化していたと思いますが、これなどもっとも気候変動に弱い文化の形態でないかと思います。 しかし、その土地での人間の活動が完全に死滅するわけでないでしょう。産業の形・習慣が異なる集団があれば、どれかの手法で生き残れるのでないかな、と考えるのです。 文明のありかたが、気候変動に非常に弱い(あるいはその変動を増幅させるような働きがある)という自己認識が、私たち自身にあるからこそ、気候変動を恐く感じているのでないでしょうか。 社会、あるいは生活様式に柔軟さを失っている……、 問題はその点にあると、僕は言い切れます。
気候の変動は、……文明を持ち始めてからだけでも、プラスマイナス7℃くらいの幅で、我々(人類)はすでに経験しているからです。
追記) >マスコミは科学的問題を、政治的課題と同じように扱う。 先日、惑星科学の先生が冥王星問題ていう題で講演されたときに、同じことを嘆いておられました。 反捕鯨にしても、反CO2温暖化ガス説にしても、仮説のモデルに対する懐疑から始る「科学的な問題提起」のはずなのですが、いつのまにかプロパガンダ扱いされてしまう……曰くアメリカの食肉業界の圧力に屈している、曰く石油業界から金を貰っている……(涙) ……もっともその点、CO2温暖化ガス説に対しても、「調査に原子力業界から資金が出ている」とやり返してるわけで、……申訳ないです
【2007/07/11 00:18】
URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]
デルタ様 デルタさんこんにちは、毎度コメントありがとうございます。
いちおう2回目のエントリでお答えしようとつとめたんですけれど、質問のお答えにあまりなっていなかったかも知れませんね。
>(1)自然科学的な「正しさ」を求めることと、社会的・経済的なリスク回避とは必ずしもイコールでないこと 「原発事故は安全システム強化と訓練とで完全に防ぎうる」というのは、技術論的には正しいことです。けれど、だからといって原発事故が起こらないものと決めつけて備えをしない、というわけはありませんよね?
??「安全システム強化と訓練」という備えが技術的に100%完璧であるとしても、原発事故が実際に起きてしまったらどうするか、という対策が必要、ということですか?「おきてしまった場合の備え」は、原発事故を100%防ぐことが不可能だからではないんですか?すみません。思いっきりシロウトの質問で。おきてしまうのは技術的な理由でなくて、人為的な理由だから、でしょうか。
それは100%温暖化がCO2に起因しているとしても、CO2が原因じゃなかった場合にそなえて、CO2削減以外の社会的、経済的対策も取りましょう、ということでしょうか。(??)
いずれにせよ、自然科学的な側面からだけ、社会・経済的なリスクという側面からだけで環境を論じるのは間違っていますよね。「全体的に」ホリスティックにとらえるアプローチが必要とわたしは思っています。
【2007/07/13 12:02】
URL | みーぽん #- [ 編集]
定量的リスク管理の観点から 丁寧な返答ありがとうございます。
むしろ日本人には、圧倒的な科学・技術信仰ていうのがあって、原発の例でいったら100%事故を起こさないシステムというのがあり得ると信じてしまう傾向が、指摘されています(日本のマスコミだけの習性かもしれませんが)。けれど、機械の故障発生確率にしても、人為ミスの発生確率にしても、ある値より下げることは、不可能です。たとえばbpmオーダーの事故(不手際、見込み違い……)が起きると見込んでも、それを技術者の世界では、「0にできた」と見なすのです。 (このあたりの事情は飛行機事故が常に一定確率で起き続けていることから想像していただきたく) 原発事故が起こった場合の損害は、どれほどになるか、私にも想像つかないですが、 たとえば10兆円くらいと見込みましょうか。そうすると、年間bpmオーダーの確率で起きる事故でも、平均で年間数千万円の事故損害を潜在的に抱えながら原発を運営している、といえます(確率論でいう「期待値」です)
温暖化対策もこれと同じでないでしょうか。 たとえ人為的に発生するCO2起因との説の正しさ(蓋然性)が98.5%であったとしても、1兆ドルとも言われる損害予測値から考えると、CO2を問題にならないレベルに下げられたとしても1兆ドルの1.5%……すなわち150億ドルまでは、対症療法的な対策のために積み立てておく(あるいは対策事業のために使う)のが合理的な態度、と私は考えるのです。(……今ある天候保険は、同じ計算式でリスクの定量化を行っています) 今の議論が進んでいったら間違いなくそのような用途で150億ドルを用意するなんて話にならないでしょう。そこが私には恐く感じられるし、 特に定量的リスクマネジメントの考え方が定着しているアメリカでさえこの種の議論がカケラも起きていないというのに、疑念を感じているところなのです。
【2007/07/19 01:19】
URL | デルタ #JnoDGgPo [ 編集]
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