みーぽんBLOG from カリフォルニア
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「不都合な真実の原点:「地球の掟」を読む (5)

この記事は不都合な真実の原点:「地球の掟」を読む (4)の続きです。アル・ゴア1992年の著書「地球の掟- 文明と環境のバランスを求めて」をご紹介しています。


 一回のエントリで書評を載せるつもりが、思いがけず1ヶ月にわたって延々とのマラソンエントリーになりました。14 新しい共通の目標環境保護をいかに政治的な課題としてあげていくか、そして15章 地球環境版マーシャルプランゴアの具体的な政策提言集、そして短い終章で締めくくられています。


14章 新しい共通の目標 (政治と環境


政治家として環境保護のための行動を促すのが自分の役割だ。環境の回復は基本的人権とも大きなかかわりがある。いままで自由社会の行動原理は共産主義の阻止に集中していた。そしてそれはあっけなく崩壊した。


第二次世界大戦後、アメリカの政治のすべては「ソビエトの共産主義に対抗する」という基本的な行動原理に注がれた。その中にはヨーロッパへのマーシャルプランや日本への経済援助もあれば、赤狩り、ベトナム戦争や核競争のように間違ったものもあったが、この行動原理の説得力のゆえに社会は十分な支持を与えた。


第二次大戦の前、チェンバレンをはじめとする多くの政治家はナチズムやヒットラーの危険性に気がつかず無駄な時間を費やしていた。その中で早くからヒットラーの危険性を叫んでいたのがチャーチルである。「真実を知らなければならない。この報いはこれから始まるのであって、これはほんの序の口にすぎない。飲まなければならない苦い杯はどんどん増えていき、我々が健康や生きる力を回復して自由のために立ち上がって戦うまで続くだろう。環境を救う努力を行動原理とする上で、コンセンサスを確立することは重要だが、環境問題に関しては十分なコンセンサスを得るまで待てないところまで危険は迫っている。政治家はチャーチルのような先見の明が必要なのである。


環境を救う闘いの難しい点は、それがわれわれ自身との闘いであることだ。われわれ自身の内なる競争原理や短期的利益を優先する態度とどう折り合いをつとめるべきか。環境保護の行動原理が民主主義と自由市場に矛盾するものであってはならない。同時に政府は環境破壊によって不利益を被る側の人々の権利を十分に保障しなければならない。


 さらに発展途上国と先進国の双方に蔓延する腐敗は環境保護をないがしろにさせる大きな脅威の一つだ。先進国のへの批判への返答として「自然保護を債務の返済の代わりとする(環境スワップ)」という要求が起こってきている。従来の開発プロジェクトは多くの場合環境を無視してきた。今後はどんな開発が望ましいのか先進国側の環境面での理解が必要だ。


環境破壊に対して抵抗する人々の役割は、第二次戦争中のレジスタンスと同じように重要だ。現実の戦闘面での貢献は少ないかもしれないが、勇気と良心という言語での警鐘を通して世界の流れを変えるのである。その中にはパプアニューギニアの最高裁判事で木材伐採に関する汚職を告発したトマス・バーネットやペナンのサラワク族の人々などがいる。


特に有名な人物にブラジルのシコ・メンデスがいる。彼はブラジルのゴム採取業者だったが、牧畜業者の地主が熱帯雨林を焼き払うことに反対し続け、結局地主に暗殺された。またケニアのワンガリ・マッサイは女性達を組織して植林事業、さらには女性の地位向上に努めている。(注:ノーベル平和賞を受賞した「マータイ」氏のことですね。)


NIMBYという言葉がある。Not In My Backyardの略、「うちの裏庭にはダメ」という意味。廃物処理施設の建設には地元の反対がつきものだが、実際にこうした計画の問題点や有害度を住民達が科学的な判断をもとに行うならばそれは単に利己的なものとはいえない。たとえば米国南部ルイジアナに「ガン回廊」といわれる地域がある。ここでは全米の化学製品の4分の1が生産されているが、ガンの発生率が異常に高く、しかもその被害は貧しい有色人種に集中している。こうした地域の住民が立ち上がって戦うことを施設の推進者側はNIMBYだ、と批判しがちだが、こうした動きは健全な流れの始まりだ。Backyard(裏庭)という言葉の意味が地球全体に拡大されたとき、地球の大気を守ることへの支持も拡大するだろう。


1970年代に大気中の塩素の量が劇的に増えていること、それがフロンのせいであるということをつきとめた科学者たちは、これを発表したとたん迫害されるようになった。かれらは粘り強く運動を続けてフロンの有害性が理解されるようになった。冷蔵庫の修理の際に放出されるフロンの危険性に異をとなえて立ち上がった主婦もいる。科学者も主婦も同じレジスタンスの戦友である。この精神こそが破壊されつつある世界の行動原理となるべきだ。


東西冷戦後「資本主義の擁護」に変わる新しい行動原理、つまり最優先課題は環境保護であるというゴアのマニフェストです。ゴアは環境運動家たちの活動にも目を向けています。本書で紹介されているシコ・メンデスの暗殺に関してはゴアらがとりあげたこともあり、犯人は免罪されることもなく19年の刑を受け、またジョン・フランケンハイマー監督、ラウル・ジュリア主演で「バーニング・シーズン」という映画にまでなりました。
ハイテクブームの
90年代、そして「対テロ戦争」のGWブッシュ政権を経て、ようやく環境が政治アジェンダの中心になる準備は整ったといえるのではないでしょうか。


15章 地球環境版マーシャルプラン 


環境問題に関する計画は、第二次大戦後のマーシャルプランよりはるかに広範囲で複雑なものになる。戦後の経済体制がそうであったように、アフリカやラテンアメリカを置き去りにしてしまうような計画であってはならない。先進諸国が資金を負担して、自ら模範になって世界をリードすべきである。国連主導で「環境サミット」を毎年開くことも有効なはずである。またアメリカのリーダーシップは重要である。


「計画の骨子」は以下の通り。


1)世界人口の安定化
低い出生率と低い死亡率のバランスを実現する必要がある。そのカギは女性の教育水準を高めることである。(この面でもキリスト教保守派がバックにあるブッシュ父子は両方とも途上国への避妊教育を含むプログラムへの援助は拒み続けた。)


2)環境に優しい技術開発と技術移転
SEI
(戦略環境構想Strategic Environmental Initiative)の提唱。SDI(戦略防衛構想)のように産学官で技術開発に投資しよう。もっと経済的な内燃機関を開発し、25年後にはガソリンエンジンは放棄しよう。電車など公共交通を促進したり、在宅勤務のためのインフラとして情報スーパーハイウェイを整えよう。ソーラー発電など再生エネルギーの開発をすすめよう。


3)経済的なルールの見直し
GNPの計算にあたって天然資源の枯渇や自然環境の破壊は全く考慮にいれられない。GNPの計算の定義は変えるべきだし、UNSNA(国連国家預金制度)というGNP計算見直しのための機構も存在する。産業革命以来の経済活動の公式を変えるために戦略的な計画が必要である.


また自然破壊や汚染につながるような対外援助や農業補助金といった財政政策も見直すべきだ。現在の交際貿易のルールも環境を考慮していない。すみやかに環境保護の立場を取るべきである。また第三世界の過剰債務(その多くは軍備増強のために生じ、武器は先進国から輸出された)の返済を迫るかわりに環境保護を推進させる環境スワップや、CO2排出クレジットを市場ベースで取引するなど新たなアイディアも検討すべきだ。


4)新しい国際協定の交渉と承認
国際条約や協定、つまり法による統治も前進させる必要がある。「温暖化防止条約」や「生物の多様性保護条約」などに対しブッシュ政権は非常に消極的な態度を見せた。


5)地球環境に関する教育プログラムの確立
全世界の人々、とくに学生が進行中の地球環境の変化に関する情報の収集に関与できるゆにすべきだ。デジタル地球観測プロジェクトである。巨大なセンターで管理される中央集権方式でなく、並列処理でやり、末端の市民も地球の観測に自主的に参加できるようにすべき。実際に変化を自分の目で見始めた人々は地球環境が「自分の問題だ」という認識を」持ち始めるはずである。


石油産業、石炭産業は厖大な資金をつぎ込んで地球温暖化の問題を矮小化させるキャンペーンを繰り広げてきた。その中のメモにはターゲット集団として「教育がなく年寄りの男性」とか「若くて収入が少ない女性」とか書かれている。われわれはこのようなプロパガンダにごまかされない教養ある市民になるべきだ。


15章はこの章ひとつで立派な政策提言本になるぐらい盛りだくさんの内容です。特にSEIについて感じたのは、アメリカには環境技術の基礎はあるが、いざ実用化となると政治的な思惑が働いて、軍事に較べて予算がまわらない、というゴアの苛立ちでした。日本の環境技術が進んだのはやはり厳しい環境規制のゆえですから、政策面の決定が技術の進歩に与える影響の大きさに気付かされました。


 ちなみにゴアは日本について
「日本は経済的には大国だが、世界の政治的なリーダーシップを握る責任を回避してきたし、そのような役割が求められていることにすら気がついていないようである。」と書いています。本当に「そのような役割が求められている」のでしょうか。リーダーシップを本気で取り出したら潰されたりしませんよね??



終章 未来を捨てるな


日常の緩慢な変化と、一つのバランス状態からもうひとつへの状態への急激な変化の二つについて述べたが、第三の変化がある。ブルックヘイヴン国立研究所の物理学者ペール・バクとカン・タンが発表した「自己組織的臨界性」の理論、いわゆる砂山モデルである。:机の上に砂を一粒ずつ注いで山を作る。積み重なっていく砂粒が「分岐的な状態」にさしかかり、砂山が大崩落を起こすその瞬間まで、落ちてくる一粒一粒の砂が砂山全体に与えている影響は目に見えない。その臨界まで一つずつの砂粒に加わる力は刻々と変化しているが、砂山の形は変わらない。そしてその臨界点を超えると劇的な変化「大崩落」が起こる。


これを文明にあてはめれば、人々はこの「超臨界点」を目前に底知れぬ不安をかかえている。地球の文明は無鉄砲で向こう見ずな青年期から、成熟した中年期に移行できるのだろうか。われわれは近視眼的思考から長期的思考へと移行する準備ができているのだろうか。


この問題に関して個人の力が無力だ、と思ってめげてはならない。ひとりひとりが責任を自覚し、行動するしかない。私自身も自分は何者であるかという探求のすえに、健康な環境を特徴付けるバランスと全体性という原則に基づく内的エコロジーの価値を信じるようになった。


 これほどの問題文明と地球のバランスを回復するために、われわれには未来があるという確信が不可欠だ。


 選択は我々の手の中にある。地球はバランスの中にある。


 


最後の締めくくりは「砂山モデル」だそうです(絶句、、)。カオス理論、機能障害家族、そしてこの砂山モデルの紹介といい、ゴアのインテリぶりがさすがに鼻につく感じがします。ただ目に見える急激な変化の前に、その前兆をどう捉え、どう来るべき大変化を予測するのかというのが大きな課題であることは間違いなく、こういった変化は地球環境だけではなく、それを構成する一要素である人間の文明や、さらに個々の人間の人生にもあてはまるのかもしれません。


たったひとりの人間は砂粒のように小さいが、ひとりの選択と決意によるポジティブな影響は地球環境にも大きく表れるということを言いたいのかもしれません。シコ・メンデスは殺されましたが、彼の名が知られたことでアマゾンには広大な熱帯雨林の保護区域が設けられました。ワンガリ・マータイのリーダーシップは広く知られるようになったとおりです。そしてもちろんゴアの人生の選択により、地球環境の問題は一般に広く知られるようになって来ました。


***

さて、ちょうど一ヶ月かけてじっくり読み込んできた本書ですが、あらためて全体を通して感じたことを簡潔に書いてみたいと思います。


 1.大量消費・大量生産は世界中で行われているわけではない


「世界が100人の村だったら」ではありませんが、人口では5%のアメリカ人のライフスタイルの環境に与える負荷は世界の平均からすれば異常なものです。砂漠地帯のゴルフ場や住宅地の芝生のスプリンクラー。家の中で干しても乾くのに乾燥機を使うこと。20世紀初めには整備されていた公共交通網を自動車業界が破壊し、車がないと生活できない社会にしてしまったこと。


 もちろん日本人のわたしたちも大いに大量消費、大量生産に突き進んだわけですが、アメリカが特に突出しているという点はもうすこし指摘して欲しかったです。でもそうすればゴアは副大統領になることもなかったかもしれませんね。


 2.市場資本主義とどう折り合いをつけるか


市場資本主義は「企業の儲けが将来にわたって増え続ける」ことへの期待によってなりたっています。環境規制や環境税で企業の負担が増えることはもちろん、「このままでは危ない」という警告自体が「前向きな気分」をエネルギーとするこのイデオロギーと両立させるのが難しい部分があります。だから冷戦以降のアジェンダは儲からなさそうな「環境」ではなく「ITブーム」そして確実に儲かる対テロ戦争に集中してきたのだと思います。


 現在ゴアは元ゴールドマン・サックスのDavid Bloodと共にGeneration Investment Management という環境ファンドを立ち上げています。このことを取り上げて「結局映画も環境ビジネスで設けるためのマーケティングだ」だという批判もされています。


しかしわたしは「環境に投資して儲けることも可能だ」というイニシアチブで投資家を味方につけることも大事だと思います。お金持ちがすべてさらに資産を増やすことだけに興味がある、という見方はうがった見方です。自分の資産を用いてすこしでも世界を良い方向に変えたいと思うお金持ちだって多くいるからです。世界を還流する巨額のマネーの流れをすこしでもエコ・ファンドなどに振り向けることができたら、カーライルのように戦争ビジネスに投資するファンドにマネーが行くよりずっとマシではありませんか。

 
3.大衆は変化しつつある
おそらく最大の変化はカトリーナのようにハリケーンや台風の激化、ヨーロッパの熱波や水害の増加など、先進国でも天候の激化という現象で人々が温暖化を身をもって感じるようになりはじめたことだと思います。


 そしてトヨタがハイブリッド技術でNO.1になったことは実は無視できない変化だと思います。それは「節約することはケチ臭い、でっかいハマーに乗ろうぜ」から「エコはクールだ」という大衆の視点の変化を象徴することでもあるからだと思うのです。


そしてインテリのゴアがあえて本書のようなハイソな言質を封じて、あえて小学生レベルで映画を作ったことは、「大衆に訴える」という彼の決意のあらわれであり、誇張や言葉足らずな部分は欠点として批判されるとしても、評価すべきと思います。


.でも経済の枠組みは当分変わりそうにない
わたしにとって一番気になるのはGNP/GDPという指標や企業会計に環境に対する負の経済があいかわらず反映されていないことです。ゴアが「枠組みはある」といった、UNSNA(国連国家預金制度)も環境という視点で見直すという気配はなさそうです。


 政治面でゴアが現れたように、環境経済学の面でアダム・スミスなみの新たな巨人の出現が必要なのかもしれません。


5.政治家ゴアの限界


「成長の限界」の編著者の一人、ドネラ・メドウズは、副大統領時代のゴアの環境政策が妥協の連続だったと批判し、1999年の大統領選出馬にあたっても、その見極めができるまでは支持を表明しないとしています。http://www.grist.org/comments/citizen/1999/11/01/al/index.html


大統領になれたとしても、民主党に企業献金がストップしてしまうような政策をとることはできなかったはずです。もちろんブッシュが大統領になるよりずっとマシだったには決まっていますが、自らの信念と政策面での妥協との乖離に彼はもっと苦しんだでしょう。


 2008年にゴアが出馬する、という観測はいまだに消えていませんが、(確かにゴア&オバマという組み合わせは重みと若さのバランスでいい感じです)わたしはあえてゴアには民主党の新大統領のアドバイザーとして外からの提言を続けて欲しいです。


.日本語版に一言


最後に日本語版についてひとこと。自民党議員の小杉隆氏の訳文は、専門家でないことを考えると、リズムも良く、熱意が伝わってくる良訳と思います。最大の難点は編集の都合で出展一覧が割愛されていることですが、まあ本気で調べたいのならいまはネットで調べれば済むことかもしれません。また固有名詞のミスもけっこう多いのですが、(国名の「コート・ジヴォワール」を昔の呼称の「象牙海岸」とか)気にならない程度ですし、編集者の校正ミスということで小杉氏は責めないでおこうと思います。ダイヤモンド社にはぜひ改定版を廉価な文庫版で出すことを検討していただきたいです。

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プロフィール

みーぽん

Author:みーぽん
複数の外資系秘書を経て英語通訳者に転身、2007年に夫の地元カリフォルニア州サンタクルーズに引っ越しました。
2年間こちらで環境金融の会社のアドミ&会計を担当した後、2009年からフリーで通訳・翻訳をしています。
TwitterのIDは@miepongです。



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