ブレア時代のイギリス を読んでみました。 ブレアって、デビュー時は若くてハンサムで、もともと「労働党」でありながら、あんまり旧来の「左翼」のイメージが薄く、外資を導入して景気回復も成し遂げた(から当然わたしも好感を持っていた)、だけれど最近はイラク戦争の泥沼化に伴って、支持率も急落、汚職疑惑も出て散々らしい、、、。 けれど、「親米属国」で「復古主義」でなおかつ「新自由主義」をめざす、でも「ばらまき利権」も切れないわけのわからない保守政党と、「旧社会党」と「ネオコン」が同居している謎の野党しか選択肢がなさげな日本の状況を整理して考えるためにも、戦争国家のアメリカよりは属国同士(?)取りうる選択肢の参考になるかな、と思ってみたわけです。 これを読んでわたしが感じたことを箇条書きで記してみます。
1)ブレアの登場は「イメージ政治」の典型である。 これを著者の山口二郎はわざわざ「政治の人格化」という言葉で説明していますが、「テレビ写りがいいか」「ワンフレーズでわかりやすいか」ぐらいの意味で、小泉の長期政権の成功と共通だという見方で、これにはわたしも大きくうなずけました。 ただし、ブレアはメディアの前で自分の主張を論理的に展開したわけで、小泉のように「説明抜き」で押し通したわけではありません。 「きちんとした論理的な説明」抜きで「なんとなく納得」してしまう日本人の感性って実に危なっかしい。とりわけ「品格」の数学の先生が「論理ではだめで情緒が必要」とか言っちゃって、そういう本がベストセラーになってるところが怖い。 「イメージが良い」方がよいのはしょうがないとして、(なおかつ、「きちんと論理的な説明ができる」リーダーを日本人の有権者が選べるようにならないといけない。
2)支持基盤をどこに置くのか ブレアは「労働党」にとって重要な票田であった労働組合からの支持を切り離した。組合員の代わりに「都市住民」などに直接訴えかける手法が効を奏した。日本の民主党の場合は拭い去るべき否定的な古いイメージも無い代わり、「市民に訴える」という覚悟もいまひとつ弱いようだ。企業の競争力と「連合の支持」の両てんびんで、結局生活者に対するアピールが弱い。「生活維新」の考え方は間違っていないが、それでもまだフォーカスを欠いているでしょう。
3)機会の平等をどう担保するか。 ここで山口が終章で記述した内容は興味深いと思いました。引用させていただきます。
>ニューレーバーの追求する平等というプロジェクトの中では、階級社会の打破、社会的流動性の向上が大きな目標である。−中略− 労働者と資本家の間で資源配分のシェアを変更することが階級社会の打破なのではなく、人々の生き方や文化を変えることこそが、ニューレーバーの言う現代化(modernization)である。一方で特権を持った上層の祖存在は否定されるが、他方で伝統的な労働者の生き方も否定される。つまり、一つの仕事や境遇の中にいることを疑わず、そこで一定量の仕事をこなすという生き方は古いものとみなされる。 > そこでは「市場適応型人間像」が模範として想定されている。つまり、市場の中に積極的に身を投じ、成功の可能性を追求するものが、機会の平等の恩恵を受けることができるのである。
以上のようなニューレーバーの考え方に対し、山口自身は一定の評価をしつつも、「競争の条件を整え、機会の平等を確保することだけで、政府の役割が終わるわけではない。競争には当然敗者が存在するという冷酷な現実に、ニューレーバーは真正面から向き合っていない。」と批判しています。
私自身が、自分の金をつぎ込んで教育に投資し、転職を繰り返しては「自分の市場価値を高め」年収をアップしてきた人間なので、競争がある社会の恩恵をこうむってきたわけで、やや複雑な思いがありました。 ただ、妊娠、出産、社会復帰という過程でスローダウンさせられたおかげで、「人間病気をすることもあれば、ある日離婚によってシングルマザーになってしまうことだってあるかもしれない、、、」と、いつでも社会的弱者になりうる現実を見せられたわけです。
そして、今まで学生生活や社会人生活を振り返ってみても、コンスタントに自分に投資をして、競争社会で上を目指したい、、という人ばかりではありません。落ち着いた環境が保障されて、はじめて目立たなくても着実な成果を出せるタイプの人もいるわけです。
独身時代のわたしはまさに「機会平等」さえあればいい、と思っていたクチでしたが、今は山口氏の視点により近づいてきたように思います。
現実を結論として言えば、ブレアに色々問題があっても(イラク戦争支持をはじめとして)、イギリス人はサッチャリズムのもたらした福祉の切捨ては支持せず、いまだに労働党のほうが保守党より高い支持率を誇っています。次はおそらくゴードン・ブラウンの政権になるでしょう。ブラウンは企業重視のブレア以上に左よりの社会民主主義者といわれています。
安倍首相は小泉のような完全な新自由主義者というよりは、まさに祖父の岸信介がそうであったように、利益誘導体質(アパグループを守ろうとしたり、MDを推進して軍需産業を復活させようとしたり)であり、思想に関しては復古主義、といった感じで、自民党自体の軸もまた不明になった感じ。
かといって民主党も相変わらずテレ朝のサンデープロジェクトには「ネオコン」前原が代表で出てくるし、幅が広すぎ。民主党はアメリカ式の対立を構図として描いているのかも。「企業重視だけど、軍需産業+非都市部重視の共和党」でなく「IT産業+都市住民重視の民主党」でもそれにしては地方の農業政策も打ち出しているし、うーーーーん。
多くの「反小泉」「反安倍」のブロガーの皆様が言うとおり、この際民主党には「ネオコン」の皆様に自民党に移動していただいて、覚悟を決めてほんとうに生活者の政党になっていただきたい。その際、わたしだったら菅直人を顔にするのにな。なんで菅さんじゃダメなの?
テーマ:政治・地方自治・選挙 - ジャンル:政治・経済
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